大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和63年(ワ)1132号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金五四〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  答弁の趣旨

1  主文同旨

2  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三六年四月以降国民年金法七条一項に該当する被保険者であり、昭和六二年一一月まで同法八七条以下に規定する保険料合計金七一万一、五二〇円を被告に納付した。

2  ところが、(1)国民年金制度においては、保険料はそれを納付した被保険者の資産と同様のものであるのに、単身者である原告が六五歳以前に死亡すれば保険料は還元されないし、また、保険料の額とその納付期間に見合う利息の合計に比べ受給できる年金の額が著しく低いなど憲法一一条、一三条、一四条、一八条、二九条、九七条等に違反するものである。(2)そこで、原告は、国民年金制度から解約、脱退することとし、昭和六三年五月一〇日、京都南社会保険事務所長に対し、その旨の意思を表示するとともに、前記1の納付済み保険料等の返還を請求したがこれを拒絶された。

3  被告は故意又は過失により、右のように違法な国民年金制度を設けて、原告の納付済みの保険料の返還を拒絶し、原告に、前記の原告の納付済み保険料額をその後の物価変動により換算した金額に金利を合計した総額金五四〇万円相当の損害を加えたものである。

よって、被告は原告に対し、民法七〇九条の不法行為による損害賠償金として金五四〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実を認める。

2  同2の事実中、(2)の原告が、昭和六三年五月一〇日京都南社会保険事務所長に対し解約、脱退の意思を表示して保険料等の返還を請求したが拒絶された事実を認め、(1)の主張を争う。

3  同3の主張を争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  原告が、原告主張の請求原因1及び2(2)の事実、即ち、昭和三六年四月以降国民年金法七条一項(現行法では七条一項一号)に該当する被保険者であり、昭和六二年一一月まで同法八七条以下所定の保険料を被告に納付したこと及び原告が昭和六三年五月一〇日京都南社会保険事務所長に対し国民年金の解約、脱退による保険料等の返還を請求したが拒絶されたことはいずれも当事者間に争いがない。

二  ところで、原告は、国民年金制度の解約、脱退による保険料返還請求とその拒絶の違法性を主張するが、原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和一三年一一月二八日生で京都市伏見区内に住所を有し、現在、全国を遊説して政治に関することを職業としている者であることが認められるから、国民年金法七条一項一号に該当する国民年金の被保険者であって、被保険者の資格を喪失した者でないことが明らかであり、国民年金法には原告の主張するような解約ないし脱退を認める規定はなく、原告は依然として国民年金の被保険者であり、したがって、国民年金制度から原告が解約、脱退したことを前提とする原告の保険料等返還請求を拒絶した右保険事務所長の行為に何ら違法性がない。

三  原告は、国民年金制度が憲法に違反するものであると主張し、憲法に違反する点として、保険料が納付した被保険者の資産と同様のものであるのに、単身者である原告が六五歳以前に死亡すれば還元されない。保険料の額とその納付期間に得られるべき利息の合計に比べて受給し得る年金の額が著しく低いなどと主張するが、〈証拠〉並びに公知の事実をあわせると、国民年金制度は、老齢、障害、又は死亡によって国民生活の安定が損なわれることを国民の共同連帯によって防止し、もって健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを目的とし、この目的を達成するために拠出制の社会保険による強制加入の公的年金制度を採用したのであって、このような社会保険制度においては、制度の財政基盤確保のため、年金を支給すべき年齢に達する以前に被保険者が死亡するようなことがあっても既に拠出された保険料を払い戻さず、また、死亡するまでの期間に応じて支給される年金の総額が変化しうることは、保険制度の性質から当然に予定されていることが認められ、特にこれが不合理なものとは認められない。

四  国民年金法の規定には、具体的、個別的救貧施策の定めはなく、受給資格及び給付内容は、保険事故の種別に応じて一般的に定型化された保険事故により、被保険者に生ずる生活需要の有無及びその具体的な程度いかんにかかわりなく、平均的需要に着目して画一的な給付を行う仕組みとする社会保険方式となっていることや、国民年金法一、二条及びその立法の沿革に照らすと、国民年金制度は、憲法二五条二項の積極的な施策としての防貧制度であるといえる。この憲法二五条二項の規定の趣旨に答えて具体的にどのような内容・方式をもつ年金制度を採用し、その立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量に委ねられた高度の専門技術的考察と政策的判断に基づくものであり、それが著しく合理性を欠き、明らかに裁量の逸脱、濫用といえる場合を除きこれを憲法に適合しないものとはいえない。

そして、前掲各証拠、公知の事実によると、国民年金法の採る強制加入の社会保険方式の年金制度は、被保険者の納付する保険料と国庫負担を財源として実質的にいわゆる積立方式と賦課方式の混合方式をもって運用され、個々の被保険者の損得は別として、年金制度全体としてはその収支がほぼ相償う保険制度として運営されていることが認められるのであって、これが著しく合理性を欠く制度であるとはいえない。もっとも、このように憲法二五条二項の要請に答えて制定された国民年金法に基づく国民年金制度において、受給者の範囲、支給要件、支給額等につきなんら合理的理由のない不当な差別的取扱をしたり、あるいは個人の尊厳を毀損するような内容の定めを設けているときは、同条項とは別に憲法一四条及び一三条違反などの問題が生じ得るけれども、前示のとおり現行の国民年金法ないし国民年金制度が原告主張のような内容をもつものとは認められず、したがって、また、これが憲法二九条一項所定の財産権を故なく侵害するものということはできないし、原告主張のその余の憲法違反に当たるものともいえない。よって、本件において、原告の主張するような憲法に違反する点はいずれもこれを認めることができず、国民年金制度そのものにも違法性が認められない。したがって、原告の請求原因2(1)、3の主張が認められないことが明らかである。

五  以上のとおり原告の請求はその余の判断をするまでもなく、理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 菅 英昇 裁判官 堀内照美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例